世界の混迷が益々深まる中、水産界でも様々な波が立っています。
アメリカのCSCが中心となって設立されたCSI(Certified Seafood International)が公式に活動を始めました。関係者の対応によっては、水産エコラベルの分断に進む可能性をはらんでいます。MELも世界の動きに遅れない様、情報への感性を一層高くすることを心がけます。
5月2日に水政審で承認された太平洋系群のマサバ・ゴマサバの本年度のTACは前年比6割の減少になりました。水産業の成長産業化への産みの苦しみと受け止め、産官学で明日への協働が進められることを願っています。
1.国際標準化関連
GSSIによるMELへのMOCA(継続承認審査)は、ベンチマーク委員会よりMELロゴマーク使用管理規程の「認証水産物と非認証水産物の混合規定細則」につき、製品内に含まれる認証水産物が95%を下まわる場合のMELの規定はGSSIベンチマークツールに不適合との指摘があり、現在対応を事務局間で打ち合わせ中です。
4月24日に公表されましたCSI(Certified Seafood International)の活動開始は、執行部の意思に沿って静かに行われました。理事会の議長にはクリスティン・ペニー氏(カナダ Clearwater Seafood社 副社長)が就き、実務は専務理事としてMike Kraft氏(アメリカ The FISH Standard 代表。FISHは船員労働問題に関するNGOで、F:Fairness、I:Integrity、S:Safety、H:Healthの実現を目指す団体)が仕切ることになります。日本からは理事として的埜明世氏(元ニッスイ社長)が選ばれました。CSIは、バルセロナのSeafood EXPOでアメリカのブース内の一角でMike Kraft氏およびCSCの会長を務めたMark Fina氏等を中心に対応をしており、話題の渦中にあったと報告されています。
MELとの関係は、4月に発効したCSCとのCoC認証相互承認の覚書がCSIに引き継がれると思われますので(正式には理事会の承認が必要)、準備が整い次第具体的な打ち合せに入ることになります。
2.認証発効関連
今月の認証発効は、養殖1件、CoC6件で久し振りに賑わいました。今後は認証取得のコンサルティングの状況から、CoCが圧倒的に多い状態が続くことが予想されます。マルハニチロ様もCoC認証が発効しましたので、活用していただくことを期待しています。また、沖縄の伊平屋村漁協様のモズクの養殖およびCoCが発効し、MEL認証において沖縄県が復活しました。今後、更なる広がりを願っています。
次の認証証書授与式は、東京インターナショナルシーフードショーの日程に合わせ、8月20日に実施することで準備が進められております。
3.認証取得者からのご報告
今月は高知県と長崎県でブリ、マグロを養殖しておられる、道水中谷水産(株)の澤田様に取り組みの状況をレポートいだきました。拘りがとても良く分ります。
「養殖から加工・販売まで一貫した流通で、本来の美味しさを提供」
道水中谷水産 部長 澤田 星輔
現在弊社では、高知県2カ所、長崎県2カ所の漁場においてブリとクロマグロを中心に、マダイ、シマアジ等の魚類養殖を行っています。MEL認証は2022年に高知県の一部の漁場でブリ養殖認証、また2025年にはグループ会社の高知道水にてCoC認証を取得いたしました。MEL認証を取得した経緯としては、養殖業の持続性や飼育環境に配慮、消費者の方々に本来のおいしさを届ける事を目的として取得を目指しました。取組の一例として、生簀の浮き素材は発泡スチロールを使用していましたが、欠けや割れによる流失を防ぐためポリエチレン製に変更し海洋汚染・廃棄物の削減に努めました。またマグロ養殖を含め、配合飼料の積極的な使用を図っています。
現在の生産量は高知でブリ8万尾を出荷し、「黒潮ぶり」としてブランド化して販売しております。また、クロマグロについてはMEL認証ではありませんが、年間約2万2千尾を「黒潮本まぐろ」として出荷し、2021年に初めて開催された全国養殖クロマグロ品評会において最優秀賞を受賞しました。
弊社は2019年に自社グループ内でエサの調達から養殖、加工、保管、出荷までを一気通貫で進めるため、養殖魚の加工および飼料凍結・保管を行う㈱高知道水を設立しました。加工場の整備に伴い、自社で加工原料を確保するため、クロマグロに加えて2019年よりブリの養殖を開始しました。
自社管理下の加工場にて加工した後流通させることで、本来の美味しさをほぼ確実に届けられるようになりました。例えばマグロに関しては、GGだと流通過程で何段階かに加工されることになり、それに伴う温度変化などで一般消費者が口にするときの品質がばらつきがちでしたが、この不安がなくなりました。また、ブリに関しては自社グループ内で加工・出荷を行うことにより生産現場へのフィードバックも速やかに行えるようになりました。
現在、飼育環境の改善を見込んで同じ宿毛湾内の近隣漁場における生産を開始していますので、こちらでもMEL認証の手続きを進めたいと考えています。
澤田様有難うございました。様々な課題はありますが、養殖への期待は拡がっています。恵まれた立地を生かして、益々の発展を実現して下さい。
4.関係者のコラム
このところ漁業認証の取得・発効が停滞しております。日本の漁業の実態を反映するなら、漁業認証数25件は少なすぎると考え、東京大学の八木 信行教授にご相談をし、今月は八木先生、来月は八木教室の阪井 祐太郎准教授に執筆いただくことになりました。日本の周りの水産資源が細る中ではありますが、日本の水産業を成長産業にするために水産エコラベルの貢献として、「学の智」をいただき、「産の水産エコラベルへの関心と行動」を高めるキッカケとなることを願っています。
「日本型の水産業の仕組みを尊重しているMEL認証」
東京大学大学院 農学生命科学研究科
教授 八木 信行
最近、水産や環境を議論する際に英語の用語が多くなったように感じる。例えばカーボンニュートラル、ネイチャーポジティブ、エコラベルなどだ。しかし横文字の言葉が導入される以前から、これらに熱心に取組む実態が日本に存在していた例は多い。
たとえばネイチャーポジティブ。この英語が2020年代に導入されるはるか昔から、日本人は自主的にそれを実践してきていた。水産にかかわる案件についても1980年代以前から活発に日本人は取組んでいた。赤潮の発生源となるリンの排 出を軽減するために合成洗剤ではなく石けんを家庭で使用しましょうとの「石けん運動」や、森川海の物質循環を保全する「魚付林(ウオツキリン)」の保全、漁業者が中心となって海を見張る密漁監視や環境モニタリング、さらには砂浜などでゴミを片付ける海岸清掃など、多様な取組みを行っていた。
ちなみに1980年代後半、アメリカでも海のゴミはマリンデブリ(Marine Debris)と呼んで問題になっていた。当時ハワイで米国NOAAが国際会議を開催した場で、海岸清掃については日本ではごく普通に実施していると私から紹介したところ、アメリカ人から驚きをもって受け止められた。当時、アメリカ人の視点は、飲料缶を6本止めるためのプラスチックの輪(six pack yoke)がオットセイの首に絡まるなどの被害を軽減させることに焦点が当たっていた。その中で日本は捕鯨をして、海産哺乳動物の保護には不熱心のように映る国なのになぜ海岸清掃を地域住民が総出でやっているのか不思議、といった驚きであったようだ。
しかし逆に日本人の私から見れば、自国の問題は棚に上げて他国に向かって捕鯨禁止を唱える欧米諸国の対応は、優先順位を間違えているように思えた。当時のアメリカでは家庭ゴミを捨てる際に資源ゴミと一般ゴミを分別しなくてよく、分別の習慣がある東京と比べて遅れているように私は感じていた。イギリスやドイツでも、鼻にツンとくる自動車の排気ガスの匂いが街角に充満していた。1990年代頃まで、日本車の排ガス規制は世界の先頭を走っていたため、日本から欧米の都市部に行くと排ガスからくる空気の悪さが気になったのである。外国の捕鯨を反対する以前に、自分たちの環境を何とかすべきだろう、と指摘する日本人は私だけではなく、当時、何人もいた。
しかしその後、これが日本と欧米の環境感の差異から生じる行き違いであると私は気がついた。イギリス・ノーザンブリア大学の都市計画学者であるギッディングス教授らの論文に、「多くの米国人・英国人は、都会の環境に対して払う関心は少ないが、郊外の野生の動物などを人間から保護することは熱心であり、この根源は、環境が人間と切り離された存在であることなどにある。」といった趣旨の指摘があることを知った。またアメリカ・ミシガン大学の社会心理学者であるニスベット教授の著書に「西洋人は対象物を周囲の環境と切り離して捉えるクセがあり、そしてその対象物を分類し、規則性が適用できるか考える。一方で東洋人は対象物と周囲の調和を考えるクセがあり、そして形式を内容から切り離すことを拒む。西洋人は東洋人よりも環境を思い通りにできると信じている。」との趣旨が記載されているのも学んだ。
この差が生じる背景は文献では必ずしも明らかにされてはいないが、文化や自然環境の違いに起因しているように思える。欧米では、昔は都市を囲む石の城壁があり、都市とその外側は隔たれていた。現在では城壁はほぼ撤去されたが、家とその外の環境は依然として頑丈な扉で隔たれている。一方で、日本は都市とその外を隔てる城壁はなく、家の周囲に普通に田んぼや畑があった。また、家の中と外も薄い紙の障子があるだけで、隔絶された感じではない。この差によって、日本人は身近な環境と自己の調和を図ることが環境保護だと捉える傾向がある一方で、英米人は遠くの野生動物を守ることが環境保護だと捉える傾向がある現象が生じたとも解釈できる。
捕鯨を離れた漁業管理でも日本と欧米では重視するポイントが違っていると思われる。欧米が、サバやイワシといった個別の魚に注目して資源を管理しようとする発想であるのに対して、日本は漁場環境を良くしようとする発想がある。また個人単位の操業よりも、地域で連携して集団で操業する傾向がある。日本の特徴は、歴史的に沿岸は漁業権漁業が営まれ、コモンズ的なボトムアップ型の管理が長く続いていた。一方で欧米ではボトムアップ型の漁業権は一般的ではなく、近代になって中央政府がトップダウンで漁業を管理する制度を発達させたこと、また海洋での生物多様性が大西洋の高緯度地域は日本より低い(魚の種類が少ない)ため、魚種別管理や混獲回避などがやりやすかったために、このような発想の差が生じたものと思われる。
MELは、このような日本人や日本漁業の特性に留意した上で認証の基準を策定している。例えばボトムアップの参加型意思決定(規格1.2.3)や、多面的機能についての関与(規格1.2.7)、さらには漁場環境保全の取り組み(規格3.1.3)がそれである。日本独自の漁業管理努力を正当に評価できる認証基準を設け、これらについて国際的な機関であるGSSIと交渉してお墨付きをもらっている点は、MELの強みといえる。
これは陸上でのネイチャーポジティブとも呼応できる内容といえる。東京大学では、2025年3月に日本型ネイチャーポジティブを議論するためのシンポジウムを開催し、「近年国際社会でネイチャーポジティブとの単語が使用されていますが、日本では、言葉が生まれるはるか前から自然と共生する活動が行われていました。日本の自然環境、すなわち降雨量が多い、傾斜地や斜面が多い、草の成長が早い、狭い土地をモザイク状に多様な用途で利用しそれぞれの土地やその境界にも固有の生き物がいる、といった環境条件に合う形で、人間と自然が共生してきました。」、また「カーボンニュートラルへの取組と比較して、ネイチャーポジティブへの取組では人間側の活動の多様性がポイントであること、また成果の数値的な把握が難しい中では活動の継続性もポイントになることが分かってきました。」としている(https://www.a.u-tokyo.ac.jp/news/news_20240414-3.html)。
MELは多様なアプローチから総合的に人と海との共生を志向しており、継続性も重視している。この点で、日本型ネイチャーポジティブの見本の1つになるといえる。エコラベルやネイチャーポジティブは横文字で分かりにくい部分があるが、この言葉が日本に伝わる遙か以前から日本で行われている取組みをMELは応援しているのである。
(参考文献)
Giddings, Hopwood, O’Brien (2002) “Environment, economy and society: fitting them together into sustainable development” Sustainable Development 10:187-196.
リチャード・ニスベット(2004) . 木を見る西洋人、森を見る東洋人. ダイヤモンド社. pp312.
八木先生有難うございました。2017年2月のGSSI幹部との初めての取り組み会議の際、日本のことが不案内の彼らに、日本漁業の古くからの努力を先生のチームとともに熱弁したことを思い出しました。おかげで、事務局長のHerman Wisse氏はその後の現場視察を経て、日本に対し良き理解者となりました。八木先生には今後ともご指導を賜ります様お願い申上げます。
5.規格委員会を開催しました
5月23日に漁業認証規格委員会を開催し、MEL管理運営規則に定めた5年に1回の規格の見直しおよびパブコメ募集でいただきましたご意見(2件、18項目)につき審議いただきました。多方面にわたり活発なご意見をいただき、事務局で修正の上理事会(書面)に諮り、6月24日開催予定の定時総会に提案することでご了承をいただきました。
6.加藤事務局長がバルセロナSeafood EXPOに参加しました
Seafood EXPO Global 2025 (SEG) はバルセロナで開催され、MELから加藤が出張し、GSSIスキームオーナー会議、アラスカRFMのスキームオーナーであるCSCとの打合せ等に参加しました。GSSIスキームオーナー会議では、加工残渣の有効利用が持続可能な水産業の発展のために必要であることを説明し、グローバルベンチマークツールの必須項目である「養殖の飼餌料に同種同属由来のタンパク源の使用禁止」とした要件の改訂をベンチマークのアップデートの際に検討するように申し入れました。CSCとのCoC認証相互承認に関する打合せでは、実施向けて、関係機関との協議を継続することを確認しました。
SEGには世界87ヶ国から2000社以上が出展しました。日本からはJETROブースにクニヒロ、南予ビージョイ、ショクリュー、山神など16企業が参加、他では輸出促進団体である日本養殖魚類輸出推進協会や福一漁業が独立したブースを、また日系企業ではマルハニチログループ、ニッスイグループ、極洋グループ、セルマック(三菱商事)が大きいブースで出展し印象的でした。
気象庁の発表によれば、8年近くに及んだ黒潮大蛇行が終息の兆しとか。最終的な終息宣言は7月になる様ですが、紀伊半島から東海・関東の漁業にネガティブな影響をもたらした大蛇行が元に戻り、海が正常化することを期待します。
今月から来月にかけ、企業や団体の決算、総会がらみの行事が続きます。皆様にはご多用な日々かと思いますが、晩春から初夏に特有な寒暖の差に負けない様体調管理に留意の上ご活躍下さい。
以上